2005年05月17日

悪魔のパス天使のゴール

サッカー中田英寿のイタリアセリエAでの活躍をモチーフにした作品。

サッカーをやって、バスケットをやると、どこかの技や動きが応用できて、いっぽうでは当たり前のプレーでも、もういっぽうでは新鮮だったり、反対のこともあったり、こういったことが他にもいっぱいあるのだろうなあと、こんなときに思ったりします、スポーツに限らず。

評論家ぜんとプロのプレーや他人のすることを言う人がいますけれど、そういう人は、あんまり実際のことをわかっていなくて、本当のことはそこで実際に見たりやった人だけがわかっているのだと思います。自分でやってみたら、自分の言うようにはいかなくて、少しは自分の言うことも変わってくるのではないでしょうか。

自分ではよくわかっていないうちに、無意識にやってのけてしまったことがあって、他人がほめてくれるので、多くを語らずに狙い通りにやったと思わせていたりすることがしばしばあって、案外と適当というか無意識にやることがあって、実際のところ、そのほうが邪念がなく無心で上手くいったりするんですねえ。評論家が賞賛するほど上手くもないし、酷評するほど下手ではない。評論家には知りえないものがあるのだと思います。

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posted by susan at 07:29| Comment(1) | TrackBack(3) | 村上龍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月19日

エクスタシー

村上龍ドラッグ小説。

村上春樹のノルウェイの森を読んでいると、恋人を夢想してしまいます。それをもっとエスカレートしたい人が読んだら面白いかも知れません。

ドラッギーで性的で、豊かなイマジネーションが必要です。ひねくれて荒んだ人が読んだらよいと思います。そんな人は、黙って読んで空想にはげみそうです。まだまだひねくれていない人は、10年おきに読んだらよいと思います。自分の成長退廃がわかるかも知れません。

ミヤシタさんが、非日常的な世界にはまっていく過程が描かれているのですが、一人称でぐいぐいのめり込んでいけばいいのに、もう1人の客観的視点を持つミヤシタさんがいて、冷静にものごとを見ています。龍さんが行けるところまで、自分の足で探っているのだけれど、のめりこんで帰ってこれなくならないようにと、途中から自分はボディから抜けて、ミヤシタさんを捨て駒君にして、自分は上から見ている、そんな印象です。

僕らは、イマジネーションに何とかついていこうとしているので、龍さんも遠くに行かないで、ぐいぐい当人として戻って浸っていってほしいです。いつもどこかへ行ってしまう。

ドラッグを想像したり、アブノーマルセックスを空想したりして、興味をもったり、これはだめだとか、入り込んだり引いてしまったりしますけれど、実世界に非日常的世界が混在していることを知ることが意義なのだと思います。ドラッグやセックスだけでなくて、非日常的な世界は混在していて、それを知るか知らないかは、自分の興味次第ということなのでしょう。
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posted by susan at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 村上龍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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